2011年5月27日金曜日

神が人を祀る[陛下の祈り(4)]

今までは、人が神を祀ってきた。
ただ神を祀るといっても、本当に神を祀ってきたのか、ということもある。
神社、仏閣で、神さま、仏さまに自分の欲望を願うことは、神を祀るということではない。
それは、自分のしもべとして、神を使おうというこということでしかない。
これでは自分の召使いが神ということになってしまう。

神を祀る、という言葉の中には、神を祀るにふさわしい人になる、という意味がある。
神を祀るにふさわしい人は、どのような人であるか。
神を祀るにふさわしい人は、どのように神を祀るか。
自分の中に問うてみるがよい。


今までは、人が神を祀ってきた。
しかし、これからは、神が人を祀るという。

神から祀られる人とは、どのような人であるか。
神様から、この人はすばらしい人だと祀られる人とは、どのような人であろうか。
神が人を祀るという、この一言の中には、神から祀られるにふさわしい人になれ、という意味が含まれている。

ここで自分に問うてみるが良い。
あなたは、神から祀られるにふさわしい人であるか。
あなたが思う、神から祀られるにふさわしい人とは、どのような人なのか。
我欲にまみれたままの人を神が祀りますか。
神から祀られる人とは、どのような人であるか。

この世の中には、女も男もいる。
女は女神に、男は男神に、あなたの理想とする神になれる。
人が神から祀られるにふさわしい人になったとき、人は神として働くことができる。

それでこそ、神から祀られる人である。
これからは、人誰しも、神から祀られるに、ふさわしい人にならねばならない。


すべての女も男も、神から祀られる人になれよかし。

2011年5月23日月曜日

神になる道[陛下の祈り(3)]

天皇陛下は、朝早くから、寒い冬も暖房のなく、暑い夏も冷房のない神殿で、祈りを奉げる。
ただ一人で、神殿の中で自らが行うべき祭祀を行う。

雪の降る冬であれば、少しじっとしているだけでも震えがくる。
真夏の暑さの中で、衣をつけただけでも、汗が滲んでくる。
一旦祭祀が始まれば途中で休憩はできない。冬も夏も一時間以上も祭祀に費やす。
大きなお役割として、陛下は人々のために祈るのである。神に奉げる祭祀のためには、陛下には楽も贅沢もないのである。

普通の人は、そんな大変なお役は御免である。
もっと楽をして贅沢したいのではないだろうか。
資産家や経営者の方がずっと楽であろう。

あなたは人のために祈ることはできるのか。
自分の身内や親しい人のためならば、祈ることもあるだろう。
しかし、何の関係もない人に対しても、祈ることはできるだろうか。
あなたは、行き倒れている人や、ホームレスの人に対しても、身内に対してと同じように祈ることはできるのか。


昔、陛下が神として祈りを奉げるための神になる道があった。
実はこの道は陛下だけでなく、すべての人が神になる道でもある。
かつて存在した陛下が神として働かれるための道、この道について述べよう。

2011年5月19日木曜日

神に対しての祈り[陛下の祈り(2)]

天皇陛下の最も大きな役目は、神に対して祈りを奉げることである。
天皇陛下が神として、神に対して祈りを奉げるのである。

天皇陛下が神というと、戦前の現人神(あらひとがみ)を思い出し、国粋主義、軍国主義という人もいるだろう。


ここで考えてほしいことがある。
それは、あなたにとって神とはどんな存在なのか、ということである。

あなたにとって神とは、何であろうか。
自分に都合よく、人を支配するものであろうか。
人に命令し、支配するものであろうか。
もしそうならば、それは単なる独裁者ではないだろうか。
あなたにとって、独裁者が神と呼ぶにふさわしい存在なのであろうか。

あなたにとって神がどのような存在なのか、どのような意味を持つのかによって、人が神であるという意味も大きく変わってくるのである。


人が神であるならば、神にふさわしい行動がある。
神というからには、神にふさわしく行動しなければならない。
天皇陛下が神ならば、天皇陛下といえども、神にふさわしい祈りを捧げなければならない。
ここでまた考えて欲しいことがある。
神にふさわしい祈りとは、何であろうか。
神として祈るということは、当然、陛下御自身のための祈りではない。
天皇陛下が捧げる祈りは、日本人のため、日本国のため、日本に住むすべての人のため、ひいては世界に地球に住む人々のための安寧の祈りである。
これ以外に天皇陛下の祈りはない。


本当は、天皇陛下御お一人のみならず、私たち人間一人ひとりが神にならなければならない。
すべての人が神になり、神として、神にふさわしい行動を取らなければならない。
人間一人ひとりが、神としての行動を取るならば、地上天国はすぐにも実現するであろう。

しかし、それが如何に難しいことか、誰でも知っている。
普通の人間は、神としての行動など、なかなか取れるはずもない。
普通は意識するとしないとに関わらず、自分の欲望のために行動しているだけである。
それは、神の取る行動とはいえない。

2011年5月15日日曜日

最も大切なお務め[陛下の祈り(1)]

日本には天皇陛下がおられる。
天皇陛下は何のためにおられるのであろうか。

天皇陛下は、大切な大切なお役割である。
陛下は日本にとって、いや世界にとっても、とても大切なお役割を果たされている。
では、そのお役割のなかで、最も大切なお務めとは何であろうか。

君主が絶対的な権力を持つ政体が、絶対君主制である。
かつてヨーロッパにも多くあった絶対君主制(絶対王政)の王のような存在であろうか。

権力の制限が憲法に基づく場合は、立憲君主制である。
旧憲法下では、天皇は立法権、解散権、統帥権など実際の政治的権限を有し、実態は別にしても、法的には国政の広範な決定権があった。
このように、国家の行政に直接携わることであろうか。

現在の憲法下では、天皇に国政上の決定権はない。
現代の民主主義体制として、象徴天皇制としての儀礼的な役割であろうか。
儀礼的な天皇臨席のもとでの国会の開会や、大臣任命書への捺印などの儀礼的な役割であろうか。
外国の賓客を接待するために晩餐会に出席することであろうか。

国家元首には、「政治的指導者」と「国家的威厳の体現者」の役割がある。
現在の憲法下では、天皇陛下は国家的威厳の体現者とはいえる。これが最も大切な天皇陛下のお役割であろうか。


いや、陛下の最も大切なお役割は、本当は別にあるのである。


注)
君主が絶対的な権力を持つ政体が絶対君主制である。これに対し、君主が権力を制限されていたり、権力が付与されていない政体が制限君主制である。
権力の制限が、憲法に基づく(立憲主義)場合は、立憲君主制となる。立憲君主制はさらに、君主が名目的な地位にあるイギリス型と、君主に強力な権限を持たせたプロイセン型(外見的立憲君主制)に大別される。

厳密にいえば、立憲君主制と制限君主制とは同じではないが、一般的は立憲君主制は、君主が名目的な地位にある制限君主制のように考えられている。

1.絶対君主制
君主が絶対的な権力を持っている。

2.制限君主制
君主の権力が制限されている。

3.立憲君主制
憲法に基づいて、君主の権力が定められている(一般的には、君主の権力は制限されている)。